気になっていた…
僕はこの道に入って20年近くになる
自分で独立して6年近くが過ぎようとしている
今までどれぐらいのお客様に会っただろう?
その中には僕が修行を始めた初日からのお付き合いのお客様もいるし、
自分の店になってからのお付き合いの方達もいる
僕にとっては大事な財産だ。
長いお付き合いの中でお客様の環境の変化や事情で
お店に寄ってもらう頻度は変わってしまうが
それはしょうがない事で
それでも何かの時に寄ってもらう事にいつも感謝をしている。
いつも思っているのは
お客様のペースで寄ってもらえればいいと
それよりも寄ってもらう頻度が減ったり時間が空いてしまう事で
お店に来づらくなってしまう事ほど
辛い事はない…
僕には最近 ずっと気になっていたご夫婦のお客様がいた
昔から可愛がって頂いている常連のお客様だ
僕が修業先が変わっても、任せられている店が変わっても
何とか僕の居場所を探して店に寄ってくれた
奥さんと結婚した時も、ニコが生まれた時も
僕が独立した時も本当に喜んでくれた
大切なお客様だ。
そのご夫婦を今年になってからは一度も顔を見る事がなかった
僕はいつも頭の隅っこで気になっていた
毎日 今日は顔が見れるのではないかとどこかで期待していた…
僕の想いは結構伝わる事が多かった
気になるお客様や しばらく顔を見ないお客様を思い出していると
いがいとお店に寄ってくれる事が多い。
でも、ご夫婦には僕の想いはなかなか届かなかった…
嫌な予感はしていたが思い過ごしでいて欲しいと思っていた
元気で居てくれればいいと思っていた。
ひょっこり 「バタバタしていてなかなか寄れなかったのよ」
なんて ある日来てくれるだろうと…
だが僕の悪い予感もたまに当たる
ご夫婦の奥様からご予約の電話を頂いた
「報告しなければいけない事があって」…
その夜 奥様の隣に旦那様はいらしてなかった
旦那様は半年前に亡くなってしまった。
「ずっと気になっていたが 寄れなかったと」奥様は言った
「あの人との思い出の場所は悲しみがこみ上げてきてしまうから
大好きだったのよこの店…」
優しい旦那様だった
その日は忙しく店が営業した夜であまり奥様とは話もできなかった
店が終わり僕は奥様にメールした
すみません何にも話せずと…
「ごめんなさい
大事なあの人との思い出の場所にはなかなか足が向かなくてと」
返信があった。
「気持ちの整理がついたらまた寄らせてもらいますと…」
僕は厨房を掃除しながら泣いた
もっと美味しいものを作ってあげたかったと…
喜ばせてあげたかったと…
自分の力のなさが悔しくて
別れが 悲しくて。
「ごめんなさい」と
「ありがとうございます」
1人で何遍も繰り返しながら言った…
僕の商売は待つ事しかできない
掃除して 仕込みして 料理を作る
毎日それの繰り返しだ
それでもしばらくぶりに来たお客様や
あの奥様がいつか寄ってくれる時のために
旦那様の好きだったこの店を
ずっと開けて行こう思う。
「もっと料理 勉強します
もっといい店にします…」
その夜 僕は奥様と旦那様に返信した。
+2988